足利銘仙 華やぎとその行方

路地まちアートランブル2025

2025年11月1日~11月9日

路地まちアートランブル2025が閉幕しました。
 今回私は、実行委員として本芸術祭の企画・運営に関わると共に作家として展示をしました。
実行委員会では芸術祭のテーマをどうするのかという問題を繰り返し議論し、「路地はひかりに満ちて」を掲げました。
この作品展は、路地まちからアートを通して人の声を聞こうというこころみです。
「芸術(アート)は時代を照らす灯りです。この灯りをかかげて、再び路地から失われたひかりを輝かせようという挑戦。いつの世も心を揺さぶる物語は、私たちの身近な”路地まち”から生まれてくるのかもしれません」(路地まちアートランブル2025ガイドブック p.3)
 路地は街の人の出会いの場であり、子供たちの遊び場でした。路地では、日々の生活が営まれ、人々の「命」が育まれているのです。しかし、世界ではいくつもの地域で戦争の悲劇が引き起こされ、ガザのように美しい路地が無惨にも破壊されています。路地では罪のない子供が命を落とすなど、終わりのない悲劇が繰り返されています。こうした状況を背景として、戦争で破壊され、あるいは破壊されようとしている「路地」へのアンチテーゼとして、「光に満ちた路地」の創出に意義が見出されるのです。それは、祭囃子が響き渡る賑やかな路地であり、飾らない暮らしが営まれる静かな路地であり、人々が交流し繋がりを生む活気ある路地なのです。「光に満ちた路地」は、破壊とは対極にある命と平和を大切にする価値観を体現するものとして構想されるのです。
 

 「銘仙」は足利での芸術祭に参加する上ではいつかは取り上げたいテーマでした。今回の私に与えられた展示場所が、かつて織機を製造していた会社を営んでいた方の住居だったというつながりから、私の作品は銘仙をテーマにリサーチした成果を作品化しました。
一つ目の作品は、大正から昭和10年代までの時代の銘仙のデザインとその時代の空気感を表現することを目指し、コレクターの方から銘仙の着物を貸していただき撮影したり、博物館や図書館で調べたりしました。特に足利市美術館、足利織物伝承館、秩父銘仙館などの施設には資料の提供などで大変協力していただきました。そうした取材の中では、銘仙の自由で大胆なデザインの魅力を知ることができました。昭和2年の「足利銘仙会」発足から昭和10年頃に日本一の生産に至る、いわば足利銘仙の全盛期は、有名画家や人気女優を起用したポスター、「足利音頭」などのレコードでの販売促進など、数々のマーケティング戦略により足利銘仙が最も輝き勢いがあった時代でした。
 しかし、同時に柳条湖事件を契機として満州国の建設、5.15事件、2.26事件、盧溝橋事件から日中戦争へと雪崩れ込む時期と重なります。戦争が吉祥の一つと解釈され戦争柄の着物が数多く作られたことは乾淑子氏の研究でよく知られています。足利銘仙においては確認されているのは一例のみですが、零戦の図柄が存在します。今回の取材ではこの貴重な零戦柄の羽織を見せていただくことができました。個性を主張する鮮やかで大胆なデザインのだけでなく、全体主義を反映した足利銘仙の存在は驚きでした。
 また、婦人雑誌が女性の自由な生き方の象徴として銘仙の大胆なデザインを繰り返し取り上げ、流行をつくっていった一方で、第二次大戦下においては、戦争礼賛や全体主義のプロパガンダとして機能していたという事実は衝撃でした。自由で艶やかだった婦人雑誌の表紙は一転し、防火作業や旋盤工作を行う強い女性の姿が登場し、「贅沢は美しくない」「日本一の子を作れ」などの女性のアイデンティティの転換を促すような論説が掲載されるようになります。当然、この時代には「銘仙」新柄の発表などの記事は見られなくなり、代わりに「和服用の銘仙一反で流行婦人服と六七歳女児服の仕立て方」などのように銘仙を洋服などに作り変えることを奨励する記事が現れます。今回の取材でも、銘仙を作り替えたモンペを見せてもらうことができました。
 女性に「銃後の守り」が担わされたことで、より実用的な洋服中心の被服生活に代わっていったこと、国家総動員で戦争を戦うという意識の強化、昭和15年のいわゆる「七・七禁令」が質素な生活を強いたこと、昭和16年の「金属類回収令」で工場の機械が供出されたことなど、様々な社会的背景によって生産が途絶えます。女性の自由な生き方の象徴でもあった銘仙は、流行の表舞台から消えていきます。
 以上のような取材の成果を、2台のプロジェクターによる4画面のマルチスクリーン投影によるビデオインスタレーションで展示しました。
 二つ目の作品は、現代において、足利銘仙の魅力を発信し次世代に伝えようとしている方に取材をしインタビュー動画を中心に作品化しました。大正期に建てられた煉瓦づくりの繊維工場を守っている方、銘仙の研究家、ご実家が織屋(織物生産業)の足利銘仙のコレクター、足利銘仙を中心にアンティーク着物を販売しているお店のオーナー、足利銘仙の歴史を一人芝居で上演している方、現代に足利銘仙を復活させる挑戦を続けているお二人、合計7名の方にインタビュー取材をすることができました。一つ目の作品が過去の足利銘仙の趨勢を表現したものとすれば、二つ目の作品は結果的に足利銘仙の現在と未来について表現されたものとなりました。

 「路地はひかりに満ちて」のテーマに再びもどって私の作品を振り返るとき、足利銘仙を世間に広めたい、商売として発展させたいといった挑戦と躍動の歴史としての「ひかり」は、第二次世界大戦がもたらした国策と全体主義の空気によって失われてしまいます。女性のファッションや流行といった、政治と距離があるような問題においても、このような状況に陥ってしまったという事実。そのことを主題として銘仙を表現することが、改めて「失われたひかり」を灯すことになるのではないかと考えたのです。

展覧会情報

Posted by kouyaman